もしも魔法があるのなら
今日は彼女、美緒とのデートだった。朝の九時に待ち合わせて、電車に乗って都市部へ。一時間くらい揺られて着いたそこは、とても大きなビルが立ち並ぶ。今日の風は少し冷たく、少し薄着で来てしまったことを二人で後悔した。
二人ともまだ高校生だから、こんな風に遠くに出かけてデートとか初めてで、ちょっとドキドキだった。俺も美緒も別にココに来たことが無い訳じゃないけど、緊張したし、驚くことがたくさんあった。二人で顔を見合わせて確かめるように笑う。小さな俺たちは、人波にもまれてすぐにはぐれてしまいそうだ。
デートの内容は本当にありきたり。ありがちな映画を観て、田舎には無いようなお店でショッピング。お金はこの日のためにちょっとだけ奮発だ。
ゲームも新品の部活道具も、漫画も雑誌も我慢したんだ。俺、偉い。
映画は二人ともずっと観たがっていたもので、思っていたよりは普通だったけど、それでも面白かったし、終わった後に美緒が良かった良かったとずっと言っていたので、それだけで満足だ。
ショッピングも楽しかった。美緒がお気に入りの服やアクセを見る目は本当に楽しそうで、真剣だったのが面白かった。こっそり俺へのプレゼントを買っていてくれたのが嬉しくて、泣きそうになった。
小さな天使のネックレス。ちょっと俺には可愛過ぎるけど、そんなことは問題じゃなかった。対になるのがあるらしくて、俺はそれをプレゼントした。そっちは指輪で、美緒も嬉しそうにしてくれた。
幸せで幸せで、さて帰るか、となった時にちょっと問題が起きた。
電車は一度乗換えがあって、帰りも当然そうしなければならない。それは分かっていたが、帰りが何時になるかなんて分からないから、と俺は電車の時間を調べなかったのだ。
駅に着けばすぐ電車があったのでそれに乗り、楽しかったねだとか良かったねだとか、二人とも興奮した風に話す。降りるべき駅で降り損ねかけるくらい、その他愛も無いおしゃべりも楽しかった。
が、駅に着いて愕然とした。家に帰るための電車は、どうやら一時間以上やってこないらしい。
「わ、一時間も待たなきゃなの?」
美緒が少し口を尖らせる。時刻はもう二十二時過ぎ、朝少し寒いなと感じた以上に寒さを感じた。
「ごめんッ、帰りの電車、調べて無くって」
俺が謝ると美緒は、むぅ、と唸った。不満があるのは見え見えだし、当然のことだけど。
「良いよ、こうなったらしょうがないもん」
と言った。それが何だか申し訳なくて、またゴメンと頭を下げた。
「でも、寒いなぁ。それに明かりも無いから……ちょっと怖いかも」
美緒は寒そうにベンチの上で丸くなる。今日美緒はスカートだ。ズボンの俺だって寒いのに、美緒が寒いのは当たり前。
「……ゴメン」
隣りに座ってまた俺は呟く。申し訳なさでさっきまでの楽しい気持ちは無くなっていた。
「謝らないでよ」
ちょっと冷たいくらいにそうやって返ってきた。
もう一度謝ろうとした口を何とか塞ぐ。
無言。
寒さと静寂の中、俺らはどちらも言葉をかけなくて、ただ少し、気まずい空気が流れた。
どちらかが寒い、と呟いてもそれに対してノーリアクション。
あー、くそ、最悪だ。
デートは完全に失敗の方向に向かっている。終わり良ければ全て良し、逆もまた然り。
はぁ、と深く溜め息を吐くタイミングで、美緒が立ち上がった。
「どうしたの?」
「トイレ」
返答も素っ気なくて、やっぱり相当怒ってるんだと思った。鼻がツンとしたのは多分、寒さのせいじゃないだろう。
三分、いや、多分一分も経っていないけど、一人でいる間が凄く長く感じて、寂しいなと思った。時折吹く冷たい風がそれに更に拍車をかける。
ふと一瞬、睡魔が襲ってきて俺が船を漕いだ。
眠いな、寒いな……今寝たら死ぬンかな、俺。
美緒どうしたのかな、トイレか。本当にトイレなのかな、駅を出てタクシーで帰ったりとか?
でもそんな金無いか。
どうしような、電車が来るまで四十分くらいか。
あー……眠
「! あっつ?!」
頬に何かを押し付けられて、俺は思いっきり逃げて、そっちを見た。
「へへ」
美緒が笑って座っていた。その手には缶コーヒー、多分それがさっきの何かだろう。
「え、それ……」
「寒いから買ってきたの。これ、直哉の分」
と言ってさっき座っていた位置に置く。もう一本、ココアもある、多分そっちは美緒の分。
「あり、がとう」
驚きながら俺はゆっくりと座って、その缶コーヒーを手に取る。ものすごく温かくて、周りの景色が明るくなったように感じるくらい、心地良かった。
何だか急に気が楽になった。一度深く息を吐くと、ふらと美緒の肩に頭を乗せる。それを美緒は優しく受け止める。
「ゴメン、ありがとう」
「良いの。温かいでしょ?」
くすくすと美緒が笑う。多分俺も笑っていた。ちょっと泣きそうになりながら。
気持ちが一気に穏やかになって、自然と俺の左手と美緒の右手が重なる。空いた手には温かい缶を持たせる。
緩やかに流れる、特に何も無い時間。特別な時間。
「……今すっげぇ幸せ」
言うと美緒は笑いながら俺の頭を撫でた。ちょっと乱暴に、くしゃくしゃと。
「私もだよ」
失敗したけど、その一言が聞けて良かったなと思った。
「でも次はこんな失敗しないよーに」
……はぁい。
情けない返事に、また二人とも笑った。
『もしも魔法があるのなら』
それはあなた自身だなんて言ったら、くさ過ぎるかな?
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